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『医療経済の嘘』
〜病人は病院でつくられる〜

森田洋之 医師 著

 

 
   病人は病院でつくられる!病院や病床が多い県に住むと医療費が2倍になる
 
   今回紹介する本は、これまでのように直接病気や健康に関するものではないのですが、医療って、病院っていったいなんだろうという根本的なことを見直す一冊です。
   私たちは、引っ越しを考えるとき、いろいろな条件を考えます。駅の近くがいい、学校や買い物の便利なところ、公園が近い環境のいいところなどです。なかでも高齢になるとほとんどの方が、病院、それも設備の整った大病院が近くにあると安心だと思っています。しかし、それは本当に必要なことなのでしょうか。
   『医療経済の嘘』の著者、森田洋之医師はそのことを問いかけ、綿密なデータをもって私たちの大きな錯覚について教えてくれています。このことを知ると知らないのとでは、これからの高齢化社会における病院との付き合い方が変わるかもしれません。
 
   財政破綻した夕張市!病院がなくても住民の健康は変わらない
 
   著者の森田先生は、もともとは一橋大学で経済学を専攻していたところ、知り合いの勧めで医師を志し、医大に入り直したという変り種。何がなんでも医師にというところからのスタートではないぶん、自分は医療知識を深め、技術を磨くことこそが善で患者さんのためになり、国民の幸福に貢献することだと思っていたそうです。しかし、医師になって派遣された医養病院の光景に愕然としたといいます。「ただただ白い天井を見つめたまま寝たきりの高齢者がずらりと並んで胃ろうしている光景を見たとき、それまで自分が磨いてきた技術や知識が善に思えなくなってしまったのです。税金を使って国立大学に12年(経済学部6年、医学部6年)も通わせていただいたにもかかわらず、自分のやっている医療が国民の幸福に寄与していると思えなくなってしまった」といいます。医師なんかやめてラーメン屋になろうかと本気で思うくらいつらかったそうです。その負い目からか、住民に近い地域医療を求め、夕張市の診療所に行きました。
   夕張市といえば2007年に財政破綻し、それに伴い私立総合病院も閉鎖になりました。外科も小児科も人工透析医療もすべてなくなったのです。市に171床の入院できる唯一の医療機関がなくなり、代わりに19床の診療所になりました。住民は不安で仕方ないはず。助かる命も助からないんじゃないか、市民は早死にするんじゃないかと。
   ところが医療崩壊を境に夕張市の高齢者の医療費が低下していたことが分かったのです。そりゃ、病院にかかりたくても大きな病院がなければ医療費は減ります。「人口も減っているのだから医療費も減ると思いますよね。しかし夕張から出ていくのは子育て世代の若年層。残るのは年金で生活している高齢者。結果、現在、夕張市は日本一の高齢化48%なのです。そんななか高齢者の方がたくさん亡くなったかというと、死亡率は横ばいだったのです。高齢者や重い病気の人が夕張から引っ越したわけでもない」
   これは世紀の大発見くらいに興奮したそうです。
 
   薄利多売の過剰医療が病気を作っている
 
   森田先生の本はここからが本題に入っていきます。くわしくはぜひ読んでいただくとして、私たちがなるほどと思った項目を少しだけ紹介します。
   先生は東大大学院の研究班と夕張の医療崩壊前後のデータを集計分析していました。そこで医師になってから2度目の衝撃を受けましす。
   それは、日本の都道府県でひとりあたりの病床数と医療費に倍以上の差があったのです。病床数が多く医療費をたくさん払っている県は少ない県より多く病気になっているのか。住んでいる都道府県によって2倍も病気になりやすいのか、となりますが、同じ日本人でそんなことはないわけです。「これまで病人がいるから医療があると思っていたけれど、このデータを見ると、病床があるだけ病人が作られることになります」
   だとすると、病院はなくなったけれど病人は増えなかった夕張市の例がいろいろなことを物語っているようです。「ベッドが空いているからといって入院を勧めるわけでもない。老衰としか言えない状態ならしっかりとその老化の過程に寄り添う。逆に本当にMRIが必要なら都市の病院に紹介する。医療機関の経営に振り回されることなく、ひとりひとりの患者さんに対して、過剰でもなく不足でもない最善の医療があったのです」
   この話を聞くと、今の日本の医療は過剰なのかもしれません。この本にも、CTやMRIの保有数は世界一。病院数も世界一。人口当たりの外来受診者数は世界2位。と書かれていました。先生は「医者数は少ないのに医療機器や検査機関、病院数は多く、国際的にみて異次元レベルの薄利多売の世界なんです。どの病院も満床を目指すから、いざ急患が来ても救急車がたらいまわしにされてしまう現状」
   このように経済学的観点からみるのがいかにも森田先生です。また医療機関同士が医師の資質や能力をチェックする機能がないのも問題だと。
 
   医療問題は誰が悪いのか!犯人捜しより自己変革
 
   そんな先生も最初は、高齢者の患者さんに胃ろうや点滴は標準的な治療であり、マニュアルにある治療は必要なものだと思っていたそうです。しかし、夕張で、患者さんや家族の気持ちに向き合った医療を目の当たりにして、価値観が180度変わったといいます。とある95歳を超えたアル中のおじいちゃんは、肝臓も肺もボロボロなのに朝から自宅で焼酎を飲んでいる。「これは医学的にいえば完全にアウト!すぐ入院、お酒を止めて治療しましょう、となる」
   しかしおじいちゃんはこういったそうです。「95を超えてるんだから検査したら何かあるに決まってる。何もしないでくれ。それでも検査しろって、じゃ、なにか?検査したら、入院したら、病気がピシャっと治って100メートル走れるようになるのか?」
   ぼもっともです。好きなことを好きなようにできない入院生活でわずかの寿命が延びてもいかがなものかと思ってしまいます。ましてや95歳。好きなように余生は送りたいはずです。「昔は死因の上位は結核、肺炎、胃腸炎(腸チフス、赤痢)などが大半だった。日本人の多くは感染症によって命を落としていたことになります。しかし、抗生剤が登場し、清潔な環境、外科手術と輸血も手に入れ、感染症はほぼ治る病になったのです。現代医療の大躍進の時代になった」
   みんなが病院に行けば病気が治る、病院神話、医者神話が生まれたのはこのように背景からなのでしょう。しかし、「今、死因の上位はがん、脳卒中、心疾患など、完全には治らない、長く付き合っていく病気です。加齢に伴って自然に増える病気です。大半は高齢もしくは複数の疾患を抱えた方々です。慢性疾患をひとつひとつ獲得しながら歳を重ね、長い療養の後に死を迎えるのです」
   そうなるとこれまでのような確実に治す医療は影をひそめる時代にきているのでしょう。
   先生は最後に、今の膨大な医療費、薄利多売にならざる得ない病院経営、人間の尊厳を奪ってしまう標準治療など、こんな状況を生んだ現状に、いったい誰が悪いのかと犯人捜しをしても仕方ないといいます。人のせいにしても何も変わらないのです。私たちができることから気づかないといけないといいます。
   ではそれは何か。「病気や病院のことはやくわからないから先生に任せよう、安いから薬をとりあえずもらおう。ではなく、薬を飲む前に今の生活習慣で直すべきところは?CT、MRIをありがたがって大きな病院に通おうとしていないか、自分に、家族に本当に必要な医療は何か」
   そこから始めてみようといいます。
   この本を読んで思ったことは、医療経済の拡大が必ずしも健康と比例しないという現実。医療という手段ではなく、医師と患者さんの信頼、地域との絆やつながりが豊かな終活になるということ。先生はそのことを医学的に、経済学的に描き出してくれています。
 

 


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